なんだ大丈夫じゃん

イラストと文で紡ぐ母と娘の日々のこと。

変わらない大切なもの

旅行先の雑踏の中、信号を待つ私達に一人のおじいさんが話しかけてきた。

「東はどっちか分かりますか」と。家の近くならすぐ答えることができたけれど不慣れな土地で、しかも都会の真ん中。山も海もないから田舎者の私には東も西も分からなかった。娘はなんとなく分かっていたようだけど、間違っていたら大変と黙っていたのだと後から話してくれた。「すみません。分かりません」と答えると、「急に雨が降ってきたもので、分からなくなってしまった」と言う。

そして人混みの中におじいさんは消えていった。私達も信号を渡りそれっきりもちろん会うことはなかった。私はその時、雨が降ったからなぜ分からなくなったんだろうと思っていたが、娘が「たぶん太陽で方角を見てたんじゃないの」と言った。そうか右を見ても左を見ても同じようなビルばかり、私なんか店を出ると、どっちから来たのか分からなくなってしまう。仮に建物や看板などで方角を覚えていたとして、その建物が取り壊されたり、看板が変わってしまったしたら、途端に分からなくなってしまうだろう。その点、お日様はいつも変わらず東から昇り西に沈んでゆく。

おじいさんは、その変わらないものを頼りに都会で生きてきたのだろう。変わりゆく世の中でも自然のリズムは太古から変わらず私達に季節や時間を教えてくれる。雨の日でも東が分かる方法があればいいのに。そしたら安心して外出できると思うのです。都会の空は切り取られて狭く、誰も見ていない。行き交うたくさんの人の中でほんの少しでも言葉を交わしたおじいさん。これも何かの縁。いつも私達を温かく見守ってくれているお日様のことを少し考えるチャンスをくれたのかもしれない。

変わらないものがある。それだけ心が安心する。小さな都会の空を見上げ、なんとなくおじいさんの気持ちがちょっとだけ分かった気がした。