なんだ大丈夫じゃん

イラストと文で紡ぐ母と娘の日々のこと。

庭じまいと自由

去年から段階的に庭の整理をしている。娘に手伝ってもらいながら少しずつ。少し伸びすぎていたオリーブ。気にはなっていたが、自分達の力では無理かなとあきらめていた。最終的には業者に頼むしかないと庭に出るたび思っていた。しかし先日思い切って少し大胆に切ってみると木の全体像がはじめて見えた。枝が絡み合っていて今までどこを切ればいいのか分からなくなっていただけで、もしかしたら自力で切れるかもしれないと少し希望の光が心にさしてきた。

幸い去年大きく一度剪定したことが、木の刺激になったのかは分からないが、下から青々とした葉をつけた枝が伸びてきているから、大きく幾つか分かれた太い幹を途中で切っても、それらがやさしく包み込んでくれ、切った幹も気にはならないのではないだろうか。

何もかも新しくしたい。ここに来て植えたオリーブ。すくすく成長し立派な大木になった。でもオリーブ自体も新しくなりたいのではないかと下から勢いよく出た枝を見ながら自分自身と重ね合わせそう思う。今なら何だかできそうな気がする。娘もいる。2人なら何とかなる。脚立に登りのこぎりを片手に少しずつ切っていく。ミシミシ・・・。娘が「母さんが危なくない方によけてよ」と言う。「うん」少し脚立をずらし数回のこぎりを動かすと重みに耐えきれなくなった枝は地面に自ら落ちていく。どんっ。枝が地面についた瞬間、空が見えた。ここに引っ越してきた時は見えていたであろう空。長らく切り取られたみたいに小さくしか見えなくなっていた空が明るく広く見える。自由になれるかもしれない。まだ剪定途中だけど、空を見ながら根拠のない何かが湧き上がってくる。こんがらがっていた枝みたいに自分も何かに縛られて身動きが取れなくなっていた。でも少しずつ枝を切っていけば、必ずオリーブみたいに原因となる大元が見えてくるはず。

土の上に落ちた大きな枝。それはここに来て歩んだ自分達の時間を象徴するものだ。その枝を2人で小さくカットしていると、近所の人が柿のおすそ分けを持ってきてくれた。「オリーブが青々してキレイなのにもったいないね」とその人は言ってくれたが、自分は下から出ている勢いのある枝と一緒に新しく伸びる方を選びたい。袋に入った色づいた柿がつやつやと美しく冬のはじまりを感じさせた。