なんだ大丈夫じゃん

イラストと文で紡ぐ母と娘の日々のこと。

荒れる海の上で

数年前のその日、私は一人船に乗っていた。荒れる海、満員の船内。皆、立っていた。大きいとは言えない船。上下左右に船体が揺れる時もあり、少々不安になる。予定していた交通手段が悪天候で使えず、変更を余儀なくされた。ここに乗り合わせた人は皆そうである。そんななか、私の隣におじいさんが立っていた。何でかは忘れたけど、少し話すことになった。

どちらへ行かれるんですか?」と聞かれたので、「今からコンサートに行くんです」と答えた。やっと取れたチケット。何カ月も前から楽しみにしていた。「ほう。音楽が好きなのですか?」と言うので、「はい、大好きです。でも自分は音痴だし楽器も弾けません」と答えた。するとおじいさんが「音痴と言ったって、自分で思い込んでるだけの人が多いのです。ほら、歌ってごらんなさい。私が聞いてあげましょう」と言う。「へっ?歌う?何をです?」と私。「”うみ”なんてどうでしょう」と言う。これは歌う方向だ。どうしよう・・・。どんどんそっちへ言っている。「ほら」とせかしてくる。もうやぶれかぶれだ。「うみは広いな、大きいな~♪」と一番をなんとか歌いきる。我ながら下手だ。するとおじいさんが「大丈夫。ちゃんと歌えているじゃないですか。フォッ、フォッ、フォッ~」と笑った。

顔は真っ赤になり、私は下を向いてしまった。そう、おじいさんは暇だったのだ。暇つぶしに使われた私。まあ、いいか。笑ってたしな、おじいさん。その夜のコンサートには無事間に合ったし・・・。そういえばおじいさん、何かの先生っぽかったな・・・。