なんだ大丈夫じゃん

イラストと文で紡ぐ母と娘の日々のこと。

見えない何かと犬の戦い

若い頃、実家で飼っていた犬によく話を聞いてもらっていた。仕事から帰って今日一日のつらかった事ややるせなかった事など犬の体をなでながら話す。すると犬は体を私の近くに寄せてきて、じっと目を見てくる。私は誰にも話せない事を犬に話していた。時にはつらくて涙を流しながら小声で話しをすることもあった。

その日は会社の飲み会があり、帰宅は夜遅かった。飲めないのに付き合いで飲んだお酒。少し風に当たりたい気分もあり、しゃがんで玄関口で犬をなでていた。家の前は古い借家で空いている家がほとんどだったから辺りは真っ暗だった。その暗闇を見ながら、いつものように話していると、犬が突然一点を見つめ、ぷるぷると体を震わせ始めた。尻尾は垂れ下がり、目は真っすぐ向いたまま。私の呼び掛けにも反応せず、ただ闇を見つめていた。「どうしたの?」と言っても私を見ようともしない。何かいるのかと思い犬の見る方向を見たけれど、漆黒の闇が広がっているだけ。私の目には何も見えなかったけれど。犬には何か見えていたのかもしれない。体全体を震わせ、声も出ないくらい怖いものが。

もしかしたら、犬はその見えないものといつも戦ってくれていたのかもしれない。時の権力者が動物を飼うのもそういうものから身を守るためだと昔聞いたような気がする。うちは平凡は家だけれど、犬は主人のために毎晩必死だったのかもしれない。その犬は、そのせいかどうか分からないけど、早くに天国に旅立ってしまった。亡くなる前の日、私の顔を穴のあくほど、じっと見てきた犬。ごめんね、気が付かなくて、そしてありがとう。すごく大好きな犬だった。